2017年05月

2017年05月16日

“SNS地獄”で疲れ切った中国人 「今の中国では、スマホなしでは生きていけない」微信(ウィーチャット)「監視社会」へ

“SNS地獄”で疲れ切った中国人 「今の中国では、スマホなしでは生きていけない」微信(ウィーチャット)「監視社会」へ



 今の中国では、スマホなしでは生きていけない。支払いにはスマホを使い、連絡にはソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を活用する。ビジネスではメールよりもSNSを重宝し、名刺さえも持ち歩く必要がなくなった。だが、寝る時までスマホが手放せない生活に、中国人はそろそろ疲れ始めている。そうした現状を中国の最新事情に詳しいジャーナリストの中島恵さんにリポートしてもらった。

もう名刺はいらない

中国ではスマホなしの生活は考えられない



 「朝起きたらまず顔を洗うよりも先に、ベッドの中で微信(ウィーチャット)を見るのが習慣になっています。友達や仕事関係者から重要なメッセージが来ていないか、チェックするためです。何も来てなければ……ちょっとホッとしますね」 

 上海の企業で営業マンとして働く徐偉さん(27歳)はこう言いながら苦笑いする。微信とは、中国で8億人以上が使っているスマホのメッセージアプリだ。ツイッターとフェイスブックを混ぜ合わせたようなSNSで、友達の投稿を見たり、直接、メッセージを送信したりすることができる。パソコンを開かなくても、一度登録すれば、いつでもどこでもスマホで簡単にやりとりができるとあって、2~3年前から中国で爆発的に流行している。

 微信の使い方は様々だ。最も使用頻度が高いのは友達とのメッセージのやりとり、つまり、連絡手段としての使用方法だ。フェイスブックのメッセンジャーと同じように使うが、中国人は日本人よりも仕事で使用する頻度が高く、業務連絡のツールとして欠かせないものになっている。

 その結果なのか、最近の中国人は名刺交換をほとんどしない。微信のQRコードで相手を認識し、「友達」になれば、メールアドレスがわからなくても連絡ができ、無料で「微信電話」もかけられるため、ビジネス用として便利だからだ。名刺を整理し、保管する必要もなくなった。

 その他、微信支付(ウィーチャットペイ)と呼ばれる決済機能もよく使う。買い物をしたら代金が銀行口座から引き落としされる決済アプリで、スマホさえあれば財布(現金)を持ち歩く必要がなくなった。友人同士の送金もワンクリックで完了となる。このように非常に便利なツールがあるために、中国人は寝るとき以外、片時もスマホを手放さず、これらの機能を使いこなすようになった。

広がる“スマホ疲れ”

このように、スマホやSNSの発達によって、5年前にはとても想像できなかったほど中国社会は飛躍的に便利で快適になった。しかし、冒頭の徐さんの表情はどうも浮かない。そのうち、手元のスマホをじっと眺めながら、小さな声で愚痴を言い始めた。


 「自分はスマホを2台持っているのですが、どちらもフル稼働ですよ。メッセージが届くたびに振動があるので、びくっとするんです。メッセージを開いて、すぐに返信を送ってホッとすると、また返信が来ちゃう(笑)。その繰り返しです。自分も中国人なので、比較的せっかちな性格ではありますが、大勢の人とやりとりしていると、それだけでもう一日が終わってしまう。何かをじっくり思考する時間が取れず、ちょっとイライラしてしまうんです」

 徐さんは生真面目な性格なのだろう。表情には疲れが色濃くにじみ出ていた。

 徐さんには700人以上の「微信友達」がいる。本人は「会社員としては普通。特に多い方ではない」と言うが、この1~2年、仕事関係で知り合った人が雪だるま式に増えていき、「まだまだ増えていきそうです」と憂鬱ゆううつそうだ。

 人数が増えたので、プライベート用のスマホと仕事用を分けることにした。微信はツイッターなどと同様、セキュリティーが厳しいので、ひとつのIDで複数の端末にログインすることは難しい。そこでもう1台持ち、IDも使い分けることにしたのだが、大変さは変わらないし、いつもカバンやポケットなどに携帯しているせいか、気になって仕方がない。

「いいね」一つで嫌味を言われ

 40代前半で中小企業を経営する女性、郭琳さんも同じようにSNSに振り回され、疲れ切っているひとりだ。郭さんの微信友達は約1500人。仕事関係者が中心だが、子どもの学校関係、ママ友、両親や親戚、学生時代の仲間なども含まれる。

 仕事とプライベートを分けることはしていないが、自分の投稿は「見られる人」を制限し、友達の投稿も一部を受信しない(見えない)設定にした。あまりにもタイムライン(中国ではモーメンツという)に流れてくるものが多すぎて煩わしい上、自分のタイムラインを見られたくない相手もいるからだ。

 郭さんが特に神経を使っているのが、お得意様関係のタイムラインだ。フェイスブックなどと違い、微信の場合、たとえば郭さんの友人、Aさんの投稿に郭さんが「いいね」を押したら、郭さんとAさんの共通の友人にしか、それが見えないシステムになっている。

 郭さんの友達でも、Aさんと関係ない人であれば、その「いいね」は見えない。しかし、郭さんの業界関係者はみんな微信でつながっているため、共通の友達はかなりいる。そのため、郭さんは最初のうち仕事関係者のほぼ全員に「いいね」を押していたが、時間がなくなってきて、適当に「いいね」を押すように。だが、それがきっかけで、あるとき、あまり「いいね」を押さない相手から嫌味をいわれてしまった。共通の友人にたまたま押した「いいね」を見たからのようだった。

 「それ以来、仕事関係者には誰にも『いいね』を押さなくなったんです。誰かを立てれば誰かが立たずで、もう面倒になって疲れ果ててしまいまして。だって、一日のうち3~4時間はSNSをやっているのですから……。良好で親密な関係を築きたいと思ってこれまで微信をやってきたのですが、最近はメッセージ機能だけを使うようにしています」(郭さん)

濃密な親族関係ゆえのストレス

中国人の間で“SNS疲れ”が広がっている(写真はイメージです)
中国人の間で“SNS疲れ”が広がっている(写真はイメージです)
 徐さんや郭さんのように“SNS地獄”から抜け出せなくなり、精神的疲労がピークに達している中国人は少なくない。


 日本にも同様の中毒患者は大勢いるので「何も中国だけの話ではないでしょう?」と思われるかもしれない。また、「中国人は特殊な人々かと思っていたけれど、日本人と何も変わらないね」とホッとする人もいるかもしれない。

 しかし、あえて中国の特徴を挙げるとすると、家族・親戚との関係が日本よりもずっと濃密で、それがさらに彼ら(とくに若者)のストレスをためる原因になっているという点だ。

 徐さんの同僚、毛悦さん(26歳)は河南省の農村の出身だ。両親や親戚は河南省の田舎町から一度も都会に出たことがない。上海の大学を卒業してキャリアウーマンとなった毛さんは自慢の娘だが、家族は上海の事情がよくわからないため、毛さんの投稿にいちいち変なコメントを残すという。

 「いいね」同様、コメントも「共通の友人」にしか見えないため、幸い会社の同僚たちにはバレないが、田舎の家族からのトンチンカンなリアクションにうんざりしてしまう。

 家族や親戚からはSNSを通じてお見合いの話も頻繁に持ち込まれ、無視したいのが本音だが、「さすがに親がかわいそうなので、そこまではできないかな……」と毛さん。SNSによって、大都会の上海で暮らす娘の事情がわかるのは親にとってうれしいことだが、娘のほうはSNSでつながることで逆に憂鬱なことが増えた。

競争の舞台、SNS上に

 上海の地下鉄に乗ってみると、車両にいる乗客の8割くらいが一心不乱にスマホをいじっている。まるで何かにとりつかれたかのようだ。

 むろん、SNSだけではなく、ゲームやドラマ視聴、ネットショッピングなどをやっている人もいる。そこには「誰かとつながっていたい」、あるいは「誰かとつながっている誰かの行動をチェックしたい」「情報に乗り遅れたら大変」といった心理が見て取れる。

 人口が多く、国土があまりにも広い中国では、かつては鉄道チケットの入手などをはじめ、あらゆる面における争奪戦や競争が、日本人の想像をはるかに超えるほど激しかった。それが人々を疲弊させてきたが、今ではそれらのほとんどはSNS上に移行している。

 ネットですべてが完了する世界では、すべてが簡単で素早く、シンプルになったかのように思えたはずだ。だが、よいことがある反面、そうでないことも多い。SNSの発達によって、中国社会はますます複雑になってきたといえる。




rikezyo00sumaho at 23:55|PermalinkComments(0)